高橋(山田)栄水の演奏を試聴してみて下さいな。


主に路上演奏を録音したものです。曲名をクリックして下さい。mp3ストリーミング再生できます。(毎月1曲のペースでアップしていく予定です・・・あくまで、予定です)


・津軽三味線曲弾き

津軽三味線曲弾きは、じょんから節の伴奏の前奏部分がどんどん長くなり、三味線だけの独奏曲となったものです。奏者は、あらゆる技巧を駆使して聴衆をひきつけます。


・三味線じょんから

竹山流津軽三味線の根っこにある曲だと思います。初代 竹山先生は、15、6才で、師匠からこの’三味線じょんから’と’三味線よされ’の2曲を習い、門付けに出たそうです。

曲弾きのような派手さはまったくありませんが、これこそまさに、門付けの三味線です。


・三味線よされ

三味線じょんから同様、まさに門付けの三味線です。非常に手が凝っています。この曲を弾くといつも、昔の人の知恵や努力がぎっしり詰まっていると感じます。


・新じょんから節

津軽じょんから節は、津軽民謡の中でも有名な唄ですが、現在まで時代とともに変化してきました。最も古い、明治~大正にかけては「旧じょんから節」、その後大正~昭和(大戦前後?)にかけては「中じょんから節」、そして戦後になって「新じょんから節」。演奏はどんどん派手になってきてます。

また、津軽じょんから節、津軽よされ節、津軽小原節、の三曲は「三つ物」と呼ばれ、津軽の三大民謡とされています。


・中じょんから節

中じょんから節は大正後期~昭和に流行ったじょんから節です。

初代 高橋竹山師は戦中も生活のために、やむを得ず三味線を弾いておられました。石を投げられた事もあったそうです。そんな厳しい、非常な時代にも演奏された、中じょんから節です。


・十三の砂山

十三(とさ)の砂山は、青森県津軽半島の日本海側にある十三湖(じゅうさんこ)を唄ったものです。十三湖は中世から湊町として栄え、江戸時代には北前船が寄り、十三湊として栄えたそうです。

唄だけであったものに、伴奏の三味線を付けたのが初代 高橋竹山師です。


・津軽願人節(伊勢音頭)

津軽願人節は、昔、人に代わって参詣などを行う願人坊主が唄っていたもので、もとは三重県の伊勢音頭です。伊勢音頭は伊勢参りをした人々や願人坊主によって全国各地に広まったそうです。


・津軽三下り

じょんから節、よされ節、小原節、の3曲は「三つもの」と呼ばれる津軽の代表的な民謡ですが、これに、あいや節、津軽三下り、の2曲を加えて「五大節」とされています。

津軽三下りは、三味線の調子(三下り)がそのまま題名になっている曲です。「馬方三下り」が変化した、という説があります。

唄の歌詞はとても短いもので、例えば

「奥山の小鳥千羽の鳴く声聞けば親を呼ぶ鳥鳩ばかり」

と、これだけです。こんな短い歌詞を3分以上かけて唄います。


・津軽塩釜甚句

宮城県の「塩釜甚句」が津軽に入って「津軽塩釜甚句」となったそうです。津軽小原節の元となる唄です。


・ねぶた囃子~岩木登山囃子

「ねぶた囃子」は、ねぶた祭りの笛の音色を三味線でまねたものです。「岩木登山囃子」は、岩木山のお参詣(津軽の秋祭り)で演奏されます。その笛の音色を三味線でまねたものです。


・津軽小原節

津軽小原節は「三つ物」の一つ、代表的な津軽民謡です。元は、津軽塩釜甚句で、これが旧小原節に変化し、この津軽小原節ができたそうです。


・津軽あいや節

津軽あいや節は、元をたどれば九州のハイヤ節だといわれています。その昔、北前船の時代です。船頭衆が唄っていたのか?このハイヤ節、九州から日本海を北上し、新潟で「おけさ」に変化し、津軽に入って「あいや節」となったようです。

竹山流の津軽あいや節は、古いままのもので、少し物悲しい感じです。初代 白川軍八郎さんは「軍八郎あいや」として変化させ、また違った感じで面白いです。

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