栄水の手帳2026年5月20日 黙って10年、上手くなるには20年


「黙って10年、20年」

今から25年ほど前、僕が栄山師匠の所へ三味線習いに行き始めた頃、師匠はこんな事を仰っていました。「黙って10年やりなさい。そうすればだんだんわかってくる。20年やれば三味線も落ち着いてくる」

また、同門の大先輩から聞いた話。その先輩、初代竹山 大師匠に「どれくらいやれば三味線上手になりますか?」って直接聞いたそうなんです。すると、大師匠は「ん~・・・20年だな」って。

入門してまだ数年の時は「10年とか20年」ってのは、それくらいやらなきゃ一人前にはなれないのかな?とただ漠然と思ってました。でも時を重ねていくにつれて「20年」と言うのが、実に的を得てるなと思えるようになりました。


話変わって、僕の妻は民謡三味線と唄をやっています。妻の所属する会は2年に1回発表会があり、先日観に行ってきました。会の皆さん毎回少しずつ上達しているな、と感心して観ておりました。2年前には会の発足20周年の舞台が文楽劇場大ホールで行われたんですが、そこでの会主の挨拶が印象的でした。「会の発足20周年、人間に例えればやっと成人式を迎えたと言う事で・・・」みたいな事を仰りました。あっ、そういう事か!っと妙に納得させてもらえました。

なるほどな、「黙って20年」そういう事か!僕の師匠や大師匠の言葉に完全にリンクさせてくれた妻の師匠にも感謝です。


ただね、「20年」ってのはそれ1本やり続けての事だよ。ほとんどの人は別に仕事をしながらですから、もっとかかる。例えば、車の免許取って20年です。同じ20年でも毎日乗ってる人と月に数回しか乗ってない人では全然違うでしょ?

そういう意味では、僕は三味線やり始めて26年ですけど、三味線1本での生活は14年ほどです。それ以前、仕事しながらの約12年を合わせて、やっと「20年」近く?と言えるのかな?それでも日々、もっと上にもっと上にと思ってやってますよ。「上」って言うのは自分自身の事であって、他の奏者がどうとか自分より上手いとか下手だとかはどうでもええ事なんだ。あくまで自分自身との闘いですわ。ま、たまには他の奏者の演奏を聴いて刺激を受けるのも必要ですけどもね。


そんな訳で「黙って10年、20年」・・・これほんと。


20年というのが長いのか短いのか?普通の感覚では長いですよね?とてつもなく。でもね、昨日や今日ちょっとやって出来ました!っていうような芸では何も残らない。「最低」20年、ですよ。そして芸の追求は一生続きます。


こんな事書くと誰もやりたがらないじゃん!?って、これあくまでプロとしての話ですからね。皆が皆プロ目指してやってるわけではないですから。趣味で楽しくやれればそれで良いのです。皆さんそれぞれの生活があって、その生活の中で三味線の占める時間もそれぞれ。それぞれが自分のペースで上達していけば良いのです。

でも趣味であれ何であれ、今回の話、ほんのちょっと頭の片隅に入れておいてもらえればな、と思います。

そして、趣味であれ何であれ、音楽と言うものは、やるからには人に聴いてもらうって事が絶対大事ですよ。そもそも音楽ってそういうものだと思いますよ?

よく、「いや、自分はまだまだ人前で演奏するなんて無理ですよ」みたいな事を言うんですが、じゃあ何時やるの?

って話はまた次回。